インタビュー

リストラ、どん底ニートからゲーム業界へ。僕がシンデレラボーイと呼ばれる理由【田村兄インタビュー/前編】

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加藤さんアイコン こんにちは。加藤です。

皆さんは、人生で何もかも上手くいかなくなったという経験をお持ちでしょうか。

例えば仕事で大きなミスをしてしまったり、大好きな人にフラれたり─。
どんな人も生きていれば、つらいことや悲しい出来事に直面することがあるでしょう。
しかし、なかにはそうした苦境や窮地を乗り越えることによって、
大きな成長を遂げる人も存在します。

今回は、人気企業へゲームプランナーとして参画している田村幸弘さんにインタビュー。
幸弘さんは現在、レバレジーズでマーケティング担当を務めている田村貴弘くんのお兄さんです。
レバレジーズの社員からは、田村兄(たむら あに)という呼び名で慕われています。

ニート、パチスロ漬けの暮らしから、ゲームプランナーへと華麗なる転身を遂げた幸弘さん。
その真実のストーリーは、人生の壁に立ち向かうためのヒントと勇気を与えてくれるものでした。

車が好きで、就活に苦戦しながらもカーナビのデバッグ担当に

─新卒では、どんな企業に就職をされたんですか。

田村:大学を出て、システムの開発会社に入社しました。その会社ではエンジニアとして、自動車の車載機器メーカーに常駐して、カーナビゲーションのデバッグを担当していました。国内OEMから欧米向けの製品まで、幅広く扱っていました。

─もともと、自動車関係の仕事に興味をお持ちだったんですか。

田村:家族が車を好きだったので、影響を受けていましたね。親父は外車に乗っていましたし、弟も車で旅をしていました。僕も国産車を愛用していて、自動車関係の仕事に憧れを抱いていました。

大学で情報系の学部に通っていたので、何かしら自動車に関わる仕事でコードを書きたいと考え、就職活動を行っていましたが、なかなか上手くいかなくて。たくさんの企業の就職試験に落ちました。それでも何とか車載機器メーカーをクライアントに持つシステムの開発会社から内定をもらうことができて、自動車に関わる仕事ができるとよろこんでいました。

─カーナビのデバッグとは、具体的にどんなことをするのでしょう。

田村:派遣先の企業では品質デバッグのチームに属していました。そこではカーナビに電気負荷をかけたり、走行テストを行ったりしていました。

例えば、自動車にキーを入れて回したときには、電気を使います。電気負荷のテストでは、そのときに発生するアンペアと同じ電気をカーナビに流して、ショートしている部分はないか、液晶で暗くなっている部分はないか、などというチェックをしていました。一方の走行テストでは、実際に自動車を運転しながらカーナビが正しい道を表示しているのか、GPSから外れていないか、などということを確認していました。

ひたすらカーナビと向き合う日々でしたが、次々に新しいことを学んでいけるので、楽しかったです。結構、やりがいも感じていましたね。

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忍び寄るリーマンショックの影、そしてリストラ

─どのくらいの期間、そのお仕事をされていたのでしょうか。

田村:1年余りです。入社後、半年ぐらいでリーマンショックが起こりました。派遣先の企業が大手自動車メーカーの下請けをしていたので、大きなダメージを受けたようでした。その影響でじわじわと人件費がカットされていき、社外から派遣されてきていたエンジニアも、どんどん契約を打ち切られていきました。僕もそのなかの一人でした。

仕方なく自社に戻ったところ、自分と同じように次の案件を待っているエンジニアが社内にあふれていました。当時、自社では多くの自動車関連企業を顧客に持っていて、そこに派遣されていたエンジニアがごっそり戻ってきていたんです。

しばらくすると、会社は見通しが立たないまま多くのエンジニアをキープしておくほど余裕はないと判断したんでしょう。多数の希望退職者を募りました。そしてリストラが始まり、自分自身も退職することになりました。

─それは、つらかったでしょうね。

田村:正直、応えましたね。それなりに苦労して入った会社だったし、決してやりたい事のど真ん中ではなかったけど、好きな自動車に関係する仕事でした。僕にとっては、社会人としての経験を積んだり、スキルを磨いたりする大切な場所だった。それを社会人になってわずか1年のタイミングで失ってしまったんです。…ショックでした。

─経済的にもつらいですよね。

田村:収入が途絶えてしまい、貯金もほとんどありませんでした。だけど、家賃は会社からの補助が無くなった分、ずっと高くなりました。アパートを出て行くしかなかったのですが、次に住む場所のあてもありませんでした。

就職活動をしようにも、社会人になって1年しか経っていないから、スキルも実績もない。リーマンショックの真っ只中だから、道のりが険しいことは明らかで。

どうしようもないと思いました。ついこの間まで新卒で入社した会社で忙しく働いていて、お給料もちゃんともらえていたのに、突然、仕事もお金も住む場所すら失ってしまう。日本は豊かな国なのに、人はこんなにも簡単に生活が立ち行かなくなるのかと驚きました。すぐには自分が置かれている状況を理解できなかったし、自分が無力な人間だということを、痛いほどに感じました。

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そんな時、地元仙台から親父が出張で上京してきていて、食事をしました。そこで会社を退職したこと、もう少しがんばって東京で仕事を探してみようと考えていることなどを話しました。すると親父に「東京で仕事を探すにも、金がかかるだろう。いったん帰ってこい」と言われたんです。情けなさと申し訳なさがこみ上げてくるなか、実家に戻りました。